硤合憲三氏のノーベル化学賞受賞理由とは?不斉自己触媒をやさしく解説

2026年のノーベル化学賞に選ばれた硤合憲三氏が、受賞の知らせを電話で受けたのは、夕食の食材を買いに出かけた近所のスーパーマーケットでした。世界的な栄誉を、買い物の途中で告げられる。そのエピソードに、思わず頬がゆるんだ方も多いと思います。

硤合氏(そあい・けんそう)は東京理科大学の名誉教授で、76歳です。2026年10月7日にスウェーデン王立科学アカデミーが発表した今年のノーベル化学賞を、フランスのアンリ・カガン氏とともに受賞しました。ただ、受賞理由の「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見」という言葉だけを読んでも、何がすごいのかはぴんときません。それが正直なところではないでしょうか。

この記事では、硤合氏がどんな人物なのか、何を発見したのか、記者会見でどんな言葉を残したのかを、化学の知識がない方でも読み進められるように順を追って説明します。内容は2026年10月8日時点で確認できた報道にもとづいています。今後の発表や報道で、細かな点が更新される可能性があります。

この記事でわかること

  • 硤合憲三氏が2026年のノーベル化学賞を受賞した理由と、発表された内容
  • 硤合氏の経歴と、共同受賞したアンリ・カガン氏がどんな人物なのか
  • 鏡像の分子、不斉自己触媒反応という難しい言葉を、たとえ話でやさしく理解する方法
  • スーパーでの受賞の電話をはじめとする、記者会見や首相の祝意などの反応
  • この研究が医薬品や生命の起源の研究にどうつながるのか、どこまで分かっているのか

目次

硤合憲三氏のノーベル化学賞受賞を、先に3分で整理します

硤合憲三氏は、2026年のノーベル化学賞を、フランスのアンリ・カガン氏と共同で受賞しました。授賞理由は、不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見です。右手と左手のように、互いに鏡に映した関係にある分子のうち、一方だけが多くできる仕組みを、化学反応の実験で示したことが評価されました。

硤合氏の代表的な成果は、1995年に報告した「不斉自己触媒反応」です。反応でできた物質が、今度は自分自身を作る触媒として働き、しかも最初にあった本当にわずかな偏りが、反応を繰り返すたびに大きく膨らんでいきます。生き物が鏡像の片方の形だけを選んで使っている理由という、長く謎だった問いに、化学の側から道筋を示した研究です。

日本人のノーベル化学賞は、2025年の京都大学の北川進教授に続く2年連続です。報道によると、日本にとっては個人と団体を合わせて32回目のノーベル賞で、化学賞としては10回目にあたります。

前提知識として知っておきたい人物と用語

硤合憲三氏とはどんな人物か

硤合憲三氏は、有機化学を専門とする日本の化学者です。有機化学とは、炭素を中心にした化合物の性質や、それを作り出す反応を調べる学問のことで、医薬品や化学繊維、液晶ディスプレイの材料などを生み出す土台になっています。

1950年に広島県で生まれ、出身は安芸郡の府中町です。1974年に東京大学理学部化学科を卒業し、1979年に同じ大学で理学博士の学位を取りました。その後、アメリカのノースカロライナ大学で博士研究員を務め、1986年に東京理科大学の助教授になります。1991年には同大学の教授に就任し、長く研究と教育を続けてきました。現在は名誉教授です。

年 できごと
1950年 広島県に生まれる
1974年 東京大学理学部化学科を卒業
1979年 東京大学で理学博士の学位を取得
1986年 東京理科大学理学部の助教授に就任
1991年 同大学の教授に就任
1995年 増幅をともなう不斉自己触媒反応を報告
2012年 紫綬褒章を受章
2023年 瑞宝中綬章を受章
2026年 ノーベル化学賞を受賞

共同研究者として長く一緒に歩んできた東京理科大学の川崎常臣教授は、硤合氏について、発想がとても独創的で、他の人が思いつかないようなアイデアを生み出し、ひたむきに研究へ打ち込む人だと評価しています。経歴を眺めると、ひとつの大学で30年以上にわたり、同じ種類の問いを粘り強く掘り続けた研究者であることが伝わってきます。

共同受賞したアンリ・カガン氏とは

アンリ・カガン氏は、フランスの化学者です。報道によると95歳で、パリ・サクレー大学の名誉教授です。所属はメディアによって、パリ南大学やパリ第11大学と書かれることもありますが、これらは同じ流れの大学を指した呼び名と見られます。

カガン氏は1986年に、触媒の偏りよりも、できあがる生成物の偏りのほうが大きくなる場合があることを見つけました。この現象は「非線形効果」と呼ばれ、後ほど詳しく説明します。今回の授賞理由に入っている言葉の前半は、このカガン氏の仕事を指しています。

ノーベル化学賞とはどんな賞か

ノーベル賞は、スウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルの遺言にもとづいて始まった賞です。化学賞はスウェーデン王立科学アカデミーが選びます。今回の賞金は1,200万スウェーデンクローナで、2人で等分すると報じられています。授賞式は、例年どおり12月10日にストックホルムで開かれる予定です。

鏡像異性体とは何か。右手と左手で考える

この研究を理解する鍵は「鏡像」です。右手と左手を思い浮かべてください。形はそっくりですが、どれだけ回しても右手と左手はぴったり重なりません。分子にも、これと同じ関係を持つものがあります。化学では、その2つを「鏡像異性体」と呼び、右手と左手のような性質を「キラリティー」と呼びます。

分子は目に見えないほど小さいので、鏡像の関係にある2つの分子は、ふつうの方法では見分けがつきません。融ける温度も、水への溶けやすさも同じです。ところが、体の中に入ると話が変わります。右手用の手袋は左手に合わないのと同じで、体の中のタンパク質などは、どちらの形の分子かによって、反応するかどうかが変わるのです。

生き物の体は、この鏡像のうち、たいてい一方の形だけを選んで使っています。タンパク質を作るアミノ酸は、ほとんどが片方の形です。自然界でこれだけ偏っている理由は、化学の世界で長く解けていない大きな謎でした。今回の受賞は、その謎に正面から挑んだ研究に贈られたものです。

授賞理由を読み解く。非線形効果と自己触媒とは

授賞理由の「不斉有機合成」とは、鏡像の関係にある2つの分子のうち、狙った一方だけを作り分ける化学合成のことです。医薬品のように、片方の形だけが必要な物質を作る場面で欠かせない技術です。

これまでの不斉合成では、狙った形を作るために、すでに偏りを持つ「キラルな触媒」を使うのが基本でした。いわば、右手用の型を最初から用意しておき、そこへ材料を流し込んで右手の形を量産するやり方です。今回の2人は、この常識にゆさぶりをかける、2つの現象を見つけました。

受賞者 主な発見 年
アンリ・カガン氏 触媒の偏りより生成物の偏りが大きくなる非線形効果 1986年
硤合憲三氏 生成物自身が触媒となり偏りを増やす不斉自己触媒反応 1995年

カガン氏の非線形効果をたとえ話で理解する

非線形効果は、ひとことで言えば、入れた偏りよりも大きな偏りが出てくる現象です。たとえば、触媒の中に右手型が75パーセント、左手型が25パーセント混ざっていたとします。常識的には、できあがる生成物も、右手型が75パーセント前後になると予想したくなります。

ところが実際には、生成物の偏りが、触媒の偏りを上回る場合があるのです。カガン氏が1986年に示したところによると、触媒の部品が2つ組み合わさるとき、右手型どうし、左手型どうし、右手型と左手型の組という3種類ができます。このうち右手型と左手型の組がほとんど働かないと、実際に反応を進めるのは右手型どうしの組と左手型どうしの組だけになります。働かない組が脇へ退くぶん、右手型の割合が相対的にぐっと高まるわけです。

ここでは仕組みを分かりやすく単純化していますが、要は、混ぜ物の中の働かない部分が、全体の偏りをかえって強めるという話です。この発見は、反応の途中で何が起きているかを探る手がかりにもなり、不斉合成の研究を大きく前に進めました。

硤合氏の不斉自己触媒反応。生成物が自分を増やす

硤合氏の成果を理解するには、まず「触媒」という言葉を押さえる必要があります。触媒とは、自分自身は変化せずに、化学反応を進みやすくする物質のことです。料理にたとえるなら、火加減をうまく整えて、調理を早く進めてくれる道具のようなものです。

通常、触媒と生成物は別の物質です。ところが硤合氏は、反応でできた生成物が、そのまま次の反応の触媒として働く仕組みを見つけました。作られた物質が、自分自身をさらに作るために手を貸す。これを「自己触媒」と呼びます。そして、硤合氏の反応では、それが鏡像の片方だけを選んで行われます。だから「不斉自己触媒」です。

この反応のいちばん驚くところは、偏りが雪だるま式に大きくなっていく点です。一方の形が少しでも多いと、その形を作る反応のほうがわずかに速く進みます。すると、その形がさらに増えて、次の反応で一層有利になる。この繰り返しで、最初は検出が難しいほどわずかだった偏りが、ほぼ片方だけという状態にまで増えていくのです。

硤合反応の発見までの歩み。1990年から2003年まで

硤合氏の研究は、一晩で成果が出たものではありません。記者会見でも本人が語っているように、探している反応が本当に存在するのかどうかさえ、分からない状態から始まりました。ここでは、解説記事などで紹介されている流れをたどります。

1990年代前半。自己触媒は見つかったが増幅は起きなかった

解説記事によると、硤合氏は1990年に、ピリジンという骨格を持つ原料を使った反応で、生成物のアルコールが自分自身の生成を助けることを見つけました。ただし、この反応では偏りが増えるどころか、むしろ減ってしまいました。自己触媒ではあっても、偏りを大きくする力は持っていなかったのです。

1995年。偏りが増えていく反応の発見

転機は1995年でした。原料を、ピリミジンという別の骨格を持つ物質に替えたところ、反応を繰り返すたびに偏りが増える自己触媒反応が実現します。これが、のちに「硤合反応」と呼ばれる反応です。報道や解説では、ほぼ偏りがない状態から、数回の反応で99パーセントを超える高い偏りまで到達した例も紹介されています。

数字で言うと、ごく小さな偏りが、実験室の中で何十万倍にも増幅された計算です。生命の化学に近い、偏りの増幅という現象が、人工の反応で実際に起きると示した点に、世界の化学者が驚きました。

2003年。偏りを人間が与えなくても、片方だけができた

硤合氏はさらに、2003年に次の一歩に進みました。鏡像の偏りを、人間があらかじめ与えなくても、一方の形が多く生まれることを実験で示したのです。解説記事によると、同じ実験を37回行ったところ、18回は一方の形が、19回はもう一方の形が優勢になりました。

これは、どちらの形が勝つかが、反応の最初に起きるごく小さな偶然で決まるということを意味します。分子の集団には統計的なゆらぎがあり、ある瞬間にはどちらかが、ほんのわずかに多くなります。硤合反応は、その見えないほどの差を敏感に感じ取って増やしていきます。生命がどうやって片方の形を選んだのかを考えるとき、偶然の小さな偏りが増幅された可能性を、実験で裏づける材料になりました。

生命の起源とどう関係するのか

高市早苗首相は、受賞を祝う電話の中で、この研究を、生命の起源という人類共通の謎を解くことにもつながる画期的な研究だと聞いていると述べました。確かに、この研究は、生き物がなぜ鏡像の片方だけを使っているのかという問いと、深くかかわっています。

この問いの理論的な背景には、1953年にイギリスの理論物理学者F・C・フランクが示した考えがあります。ごく小さな偏りから出発しても、自分自身を作り、かつ鏡像の相手の働きをじゃまする物質があれば、偏りが大きく育つというものです。フランクは、実験で示すのは不可能ではないかもしれないと書き添えていたと伝えられています。硤合氏の反応は、この考えを実験で形にした最初の例と位置づけられています。

フランクの3つの条件と、2人の役割分担

フランクの考えを、条件ごとに整理してみます。偏りが育つには、自分自身の生成を促すこと、鏡像の片方を優先して作ること、そして鏡像どうしが互いの働きをじゃますること、の3つがそろう必要がありました。1つ目の自己触媒そのものは、化学の世界で昔から知られていた現象です。2つ目の、片方を優先して作る触媒は、不斉触媒の研究として発展し、すでに過去のノーベル賞の対象にもなっています。

残っていたのが、3つ目の相互のじゃまと、3つをまとめて満たす反応でした。カガン氏の非線形効果は、鏡像どうしが組むと働かなくなるという形で、3つ目の条件に実験での裏づけを与えました。そして硤合氏の反応が、3つの条件をすべて満たす最初の例になります。理論が示されてから、実験で形になるまでに、およそ40年以上かかった計算です。2人の発見は、同じ設計図の別々の欠けた部分を埋めた仕事だったと言えます。

なぜ「偏りを増やす」ことが難しかったのか

偏りを作ること自体は、キラルな触媒を使えば、20世紀の初めから可能でした。難しかったのは、偏りが増えていく反応を、現実の試験管の中で作り出すことです。自己触媒の反応は、反応を繰り返すうちに、せっかくの偏りが薄まってしまう例がほとんどでした。実際、硤合氏自身も、1990年の反応では偏りが減る結果を得ています。

ここで、読む側が気をつけたいことがあります。硤合反応は、有機溶媒の中で進む人工的な反応です。水の中で営まれる、実際の生命の化学とは別のものです。今回の受賞が示したのは、生命がこうして生まれたという答えではありません。鏡像の偏りが、化学反応の中で生まれ、増えていく仕組みがありうることを、実験で見せたという点にあります。約35億年から40億年前に何が起きたのかは、確定させるのがとても難しい問題として残っています。

医薬品などの実用面での意味

研究の価値は、生命の謎だけではありません。鏡像の分子を作り分ける技術は、医薬品の世界で大きな意味を持ちます。薬の分子には、鏡像の片方だけが効き、もう一方は効かない、あるいは好ましくない作用を示すものがあるからです。そのため、必要な形だけを高い純度で作る技術が求められてきました。

とくにカガン氏の非線形効果は、反応の仕組みを探り、より純度の高い生成物を得る設計に役立ちます。医薬品に加えて、香料や農薬、新しい素材の製造でも、同じ考え方が応用されています。一方、硤合氏の発見は、化学の世界に新しい問いを広げました。世界の研究者が、アミノ酸や糖といった生命に近い分子でも、同じように偏りを増やせないかと挑み続けています。

鏡像の分子を作り分ける研究には、すでに過去のノーベル賞が贈られています。2001年には、日本の野依良治氏らが、不斉触媒反応の研究で化学賞を受賞しました。今回の受賞は、その流れの上で、偏りを増やす仕組みという新しい角度を切り開いた研究として評価された形です。

硤合憲三氏の記者会見。スーパーでの電話と「暗い所のヘッドライト」

受賞発表と同じ10月7日、硤合氏は日本のメディアの記者会見に臨みました。笑顔で語られた言葉の端々に、人柄が表れています。

夕食の買い物先で、受賞の電話を受けた

硤合氏は、この日の夕方、夕食の食材を買うために近所のスーパーマーケットへ出かけ、そこで電話を受けたと明かしました。発表の瞬間を、研究室や自宅ではなく、日常の買い物の途中で迎えたことになります。nippon.comは、受賞を知らせる電話に対して、人生で最も興奮する日と喜びを伝えたと報じています。

また硤合氏は、自分自身の受賞もうれしいが、著名なアンリ・カガン先生とともに受賞できることが、とてもうれしいと述べました。共同受賞の相手に向けた敬意が、素直に伝わる言葉です。

「暗い所をヘッドライトで」と語った研究人生

研究の道のりを問われた硤合氏は、暗い所をヘッドライトをつけてたどっているような気分だったが、一歩一歩積み重ねることでたどり着けた、と振り返りました。先が見えない中で、足もとだけを照らしながら進んだという実感なのでしょう。

1995年の画期的な発見に至るまでは、探していた化学反応が、そもそも実在するのかさえ分からなかったそうです。硤合氏は、研究がうまくいかないというより、そのような反応があるのかないのかを探る過程だったと説明しました。うまくいかないのではなく、答えがあるのかを確かめている最中だった。この言い方に、基礎研究の怖さと面白さが凝縮されています。

苦労よりも、出会いが心に残った

研究で楽しかったことや苦しかったことを聞かれると、硤合氏は、苦しかったことがなかったとは言えないが、覚えていないというか、気にもしていないという趣旨の答えをしました。新しい実験的事実を次々に見つけていくなかで、これは本当にすごいと感動することがあったとも話しています。

さらに、長年を振り返ると、学生や共同研究者との出会いなど、人生での出会いが感動的だったと語りました。成果そのものよりも、人との縁を挙げた点が印象的です。川崎教授のような共同研究者や、研究室で学んだ多くの学生たちの存在が、研究を支えてきたことがうかがえます。

答えがあるか分からない問いを、長く追い続けるということ

硤合氏の言葉を並べて読むと、成果の大きさに比べて、本人の語り口がとても静かなことに気づきます。苦しかったかどうかを聞かれても、あまり覚えていない、気にもしていない、と答えています。これは、苦労がなかったという意味ではなく、目の前の実験結果に集中して、一つずつ事実を積み上げることに意識が向いていた、という姿勢の表れだと読めます。

基礎研究では、ゴールの形がはっきり見えないまま、何年も手を動かし続ける場面が少なくありません。成果が出るかどうかは、始めた時点では誰にも分かりません。だからこそ、足もとだけを照らしながら進むという表現が、多くの人の胸に残ったのだと思います。

高市首相の祝意と、研究費をめぐる発言

同じ日の夜、高市早苗首相が電話で硤合氏に祝意を伝えました。首相は、日本人として誇りに思うと述べたと報じられています。これに対して硤合氏は、政府からも随分ご支援いただいたので本当に感謝していると答えました。

この電話のあと、高市首相は、科学研究費と国立大学の運営費交付金を拡充すると表明しました。科学研究費は、研究者が自由な発想で進める基礎研究を支える公的な研究資金です。国立大学の運営費交付金は、国が国立大学の運営のために出すお金で、研究や教育の基盤を支えています。

硤合氏の研究は、すぐに役立つ応用を目指して始まったものではなく、あるかどうかも分からない反応を探る基礎研究でした。そうした研究が、30年以上を経てノーベル賞に結びついたことは、研究費のあり方をめぐる議論にも、一定の材料を与えそうです。ただし、拡充の規模や時期など、具体的な中身は、今回の報道の範囲では確認できていません。

広島や大学に広がった反応

受賞の知らせは、日本のメディアが大きく伝えました。同日の午後9時過ぎには、広島市の繁華街で、受賞を知らせる号外が配られたと報じられています。

硤合氏の故郷にあたる広島県府中町の住民は、小さな町からノーベル化学賞を受賞する人が出るなんてすごいと話しました。長く研究の場に立ってきた東京理科大学でも、反応が広がっています。共同通信によると、スマートフォンのニュースで受賞を知った学生は、硤合先生の受賞は予想外だったとしたうえで、同じ大学の人の活躍を見て、自分も頑張らなければと思ったと話しています。

研究の中身が難しくても、故郷の町や、同じキャンパスで学ぶ学生にとって、受賞は身近で誇らしい出来事として受け止められているようです。

日本のノーベル賞の中での位置づけ

日本は昨年、京都大学の北川進教授が化学賞を受賞しており、今年の硤合氏で2年連続の化学賞受賞者を出しました。報道によると、個人と団体を合わせた日本のノーベル賞受賞は32回目で、化学賞では10回目です。

なお、日本経済新聞は、日本生まれの自然科学分野のノーベル賞受賞者として28人目と伝えています。数え方は、受賞者の国籍や、個人と団体のどちらを数えるかによって変わるため、媒体ごとに数字が異なります。記事を書いたり引用したりするときは、どの基準の数え方なのかをあわせて確認すると安心です。

これからの注目点と、気になる疑問

今後の大きな節目は、12月にストックホルムで予定されている授賞式です。硤合氏がどんな講演をするのか、また、受賞を受けて、鏡像の偏りに関する研究がどう広がっていくのかに注目が集まりそうです。

気になる点を、いくつか整理しておきます。まず、受賞によって、生命の起源が解明されたわけではありません。硤合反応は、偏りがどう生まれ、どう増えていくかという基本原理を示したもので、地球で実際に起きた過程を証明したものではないのです。次に、医薬品への応用については、カガン氏の非線形効果が反応設計の面で役立ってきましたが、硤合反応そのものがすぐに薬づくりへ使われるという話ではありません。

最後に、数字や肩書きについて。今回の記事で触れた受賞回数や賞金額、所属の表記は、媒体によって書き方に差があります。引用や転載をする際は、ノーベル賞の公式発表や、各報道の原文を直接確認することをおすすめします。

参考にした情報

  • 日本経済新聞「ノーベル化学賞に硤合憲三氏 不斉自己触媒反応、生命起源の研究寄与」(2026年10月確認)
  • nippon.com「ノーベル化学賞に東京理科大の硤合憲三氏ら」(2026年10月確認)
  • 共同通信などの報道と、硤合氏の記者会見の内容を伝えた各メディアの記事(2026年10月確認)
  • ノーベル化学賞2026を解説した各種の解説記事と、硤合憲三氏に関する公開情報(2026年10月確認)

よくある質問

硤合憲三氏は、どんな業績でノーベル化学賞を受賞したのですか?

鏡像の分子のうち一方だけが増える仕組みを、化学反応で示した業績が評価されました。1995年に報告した不斉自己触媒反応では、生成物が自分自身を作る触媒となり、ごくわずかな偏りが反応のたびに大きくなります。授賞理由は、不斉有機合成における非線形効果と自己触媒の発見で、フランスのカガン氏との共同受賞です。

硤合氏は、ノーベル賞受賞の知らせをどこで聞いたのですか?

近所のスーパーマーケットです。2026年10月7日の夕方、夕食の食材を買いに出かけた先で電話を受けたと、記者会見で話しました。研究室や自宅ではなく、日常の買い物の最中に知らせを受けたことが、笑顔のエピソードとして広く報じられています。

不斉自己触媒反応とは、簡単に言うとどんな反応ですか?

できあがった物質が、自分自身を作る触媒になる反応で、しかも鏡像の片方だけを選びます。最初に一方の形がほんの少し多いと、その形を作る反応が速く進み、さらにその形が増えていきます。偏りが雪だるまのように大きくなる点が、この反応の特徴です。

鏡像異性体とは何ですか?

右手と左手のように、鏡に映すと同じ形になるのに、重ね合わせられない関係にある分子のことです。性質はよく似ていますが、体の中での働きが異なる場合があります。生き物は、この鏡像のうち、たいてい片方の形だけを使っています。

この研究で、生命の起源は解明されたのですか?

いいえ、解明されたわけではありません。硤合反応は、有機溶媒の中で進む人工的な反応で、水中で営まれる実際の生命の化学とは別のものです。ただ、鏡像の偏りが化学反応の中で生まれて増えていく仕組みがありうることを、実験で示した点に大きな意味があります。

共同受賞したアンリ・カガン氏はどんな人ですか?

フランスの化学者で、報道によると95歳、パリ・サクレー大学の名誉教授です。1986年に、触媒の偏りより生成物の偏りが大きくなる非線形効果を示しました。今回の授賞理由のうち、非線形効果にあたる部分が、カガン氏の業績です。

日本のノーベル化学賞は、これで何人目ですか?

報道によると、日本にとって化学賞は10回目です。昨年の北川進氏に続き、2年連続での受賞となりました。ノーベル賞全体では、個人と団体を合わせて32回目と報じられていますが、数え方は媒体によって異なる場合があります。

まとめ

硤合憲三氏は、2026年のノーベル化学賞を、フランスのアンリ・カガン氏とともに受賞しました。右手と左手のような鏡像の分子のうち、片方だけが増えていく仕組みを、実験で示したことが評価されたものです。カガン氏が非線形効果を、硤合氏が不斉自己触媒反応を担い、2人の発見が1つの大きな謎に向かい合う形になりました。

記者会見で硤合氏が語ったのは、暗い所をヘッドライトで照らしながら、一歩ずつ進むような研究の日々でした。あるのかないのかも分からない反応を探し続けた末の受賞だったからこそ、スーパーでの電話という日常のひとこまが、ひときわ鮮やかに響きます。

この先は、12月の授賞式と、受賞をきっかけにした研究や議論の広がりを追いかけてみてください。鏡像の分子という少しとっつきにくい話題も、右手と左手の関係に置き換えれば、ぐっと身近になります。生命がなぜ片手だけを選んだのかという問いは、まだ答えの出ていない、化学のいちばん面白い入り口のひとつです。

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